TOP小説>姥捨島挽歌-[夢]1/3p

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 極彩色のパンジーは、マキサの墓地にふさわしい。
 黒地に夏の海と夕陽の色を散らした彩りは、教会の遺跡を飾るステンドグラスに似ている。葉緑素を溜め込んだ柔らかな葉は、波止場の淵から見下ろした水面の色をしている。
 パンジーの苗を、ビニールのポットから取り出す。
 細く白い根の塊から、土のかけらがぽろぽろとこぼれ落ちる。花壇の乾いた土を、錆びたスコップで掘り返す。小さな穴に苗をあてがう。少しばかり深さが足りず、白い根が穴に隠れきらない。片手に持ち上げた苗を崩さないように気をつけながら、もう片手にスコップを持ち、土を掘り進める。再び苗をあてがうと、苗の土と花壇の土が同じ高さに並んだ。
 穴の上で、苗の絡まった根をほぐす。細い根が千切れないように、慎重に緩ませる。指先がひんやりと湿る。ポットの四角い形が崩れたのを確認して、穴の中に苗を置き、隙間を黒い用土で埋めていく。じょうろで水をかけ、苗の土、用土、花壇の土の境目を融かす。雨上がりのような、蒸れた土の匂いが立ちのぼる。

 墓地の花壇の手入れは、学園の園芸係の仕事だった。
 高等部の園芸係は、僕の他にいない。早めに就職した兄達は、忙しそうにしていた。同胞の何人かも、港や農場の仕事を手伝いに行っている。本土での勉強や職のために、マキサを出ていく学生もいた。
 僕はひとり、黙々とパンジーの植え付けを進める。苗の詰まった幾つものポットが、少しずつ空になっていく。
「スミは、この花のことを知っているかい」
 背後から、跳ねるような口調で呼びかけられた。
 振り向くと、真っ黒いスキニーとコートが目に入る。次に、虹色をかき混ぜたような柄のハンチング帽が飛び込んでくる。
 黒づくめに派手な帽子を飾った大人が、首を傾げて僕を見ていた。珍妙な格好の彼は、鶴木ツルキ先生だった。
 僕は彼の、悪戯っぽくにやけた顔を見て、話しかけられてしまったことを内心で嘆いた。
「この花って、パンジーのこと?」
 鶴木先生は僕の隣に屈み込むと、保育院生の子が威張ってみせる時のように、へへん、と笑った。
「そ。実はそれ、パンジーじゃないのさ」
「ふうん……」
 鶴木先生はいつも、冗談なのかそうでないのか、よく分からないことを言っている。人をからかってばかりいるのだから、マキサ島のみんなに「変な神父」と言われていても仕方がない――僕はそう思いながら、再び花壇に向き直った。
「その花の名前は、キュウシュウリコウ・サンシキスミレガタ・ラボンという」
 鶴木先生は跳ねるような口調のままで、ぺらぺらと謎の名前を口にした。僕はぎょっとして、スコップを持つ手を止めた。
「キューシュー……」
 鶴木先生は、僕の反応に満足したように笑う。
「キュウシュウってのは、クスの古い呼び方だよ。それで、キュウシュウリコウってのは、千何百年か前の会社の名前だな」
 どうやら今回の鶴木先生は、得意のほら話をするつもりではないらしい。
 僕達のクス国は、昔はもっと大きな国で、漢字で九つの州と書いていたのだという。中級生の頃、歴史の授業で習ったことだ。
「じゃあ、なんとかスミレっていうのは?」
「サンシキスミレってのは、大昔のパンジーの名前だ。これはパンジーの形をしているから、サンシキスミレガタ・ラボンなのさ」
 鶴木先生はそう言って、にこにこと笑っている。僕は苛立って、足元に零れた土を靴底で擦る。ざりり、という嫌な音は、きっと彼の耳には入らない。
 この人が笑っている理由が、知識をひけらかしているためではないことを、僕はどこかで覚えている。
「それじゃあ、パンジーじゃないなら、これは何? ラボンっていうのは、何のことなの?」
 墓地に植えられた植物達が、不気味なものに見え始めていた。手に抱えたパンジーの苗を見る。白くふやけた根がポットの形にはびこり、細かな網目となって土の塊を掴まえている。
「この緑は、おれ達への呪いだ」
 鶴木先生はそう答えて、まるで笑う癖を忘れてしまったかのように、表情を消した。
 僕は、その恐ろしく静かな瞳を見て、またこの夢を見たのか、と思った。
 しばらくの間、目は覚めそうになかった。