TOP小説>姥捨島挽歌-[秋祭り]1/3p

秋祭り

1/3p

 僕達は聖堂を去る。時刻は夕方六時を過ぎていた。
 扉に鍵をかけ、聖堂専用にしている革靴を下駄箱にしまい、型崩れしたスリッポンを取り出す。能登も新品の靴を脱ぎ、スチールの棚板から見慣れた黒いシューズを取り出す。
 僕は扉の施錠を再度確認し、能登に声をかけた。
「行こうか」
 先に廊下へ出た能登は、足下を見つめながら待機していた。彼は黙って頷くと、俯いた姿勢のままで、僕が隣に並ぶのを待った。その目つきは、苛立ちを抑えているような、苦々しく寂しいものだった。
 僕が能登の隣に並ぶと、彼は僕の一歩先を行き、足早に上り階段へと進んだ。
 階段を上りながら、僕は聖堂での情景を反芻した。彼は自分の臍帯網を——自分を産んだウォームの意思を、強く知りたがっていた。僕は胸の痛む思いがして、彼が長らく抱える憂鬱さを晴らせなかったことを悔やんだ。
 階段を上り終え、一階の廊下に出る。僕以外の職員は帰宅しているようだった。管理室の小窓に灯りはなく、フロアは静まりかえっている。二階へと続く階段の踊り場は、夕闇の色に浸っていた。
 少し先を歩いていた能登が、立ち止まって辺りを見回す。まだ学生の彼は、このウォーム棟に入った経験が少ない。
「玄関はあっちだよ、黄色のラインを辿って」
 床に貼られた案内表示を指さしてみせる。能登は掠れたような声で返事をして、間もなく歩き出し、僕に背中を見せた。
 彼は明らかに、気分を悪くしていた。

 いずれ語るべき話を遠ざけるほど、彼を苦しめることになる。
 真実を語る神父として、彼を育てる先生として、僕は間違いを犯しているのかもしれない。

 僕は、能登の後ろ姿を見つめる。ロングスカートのプリーツが彼の早足につられ、忙しなくはためいている。その歩調に、僕の言葉が挟まる隙はない。
 遠ざかっていく白いブラウスの背中が、ふいに黒い影に変わった。彼は玄関のガラス戸の前で立ち止まり、夕暮れの仄かな逆光を浴びていた。
「蓮見先生」
 能登が振り向く。
「今日は、ありがとう」
 僕への礼を言い終えた唇は、真一文字に引き締められていた。今日のような日の彼にとって、それが精一杯の微笑みであることを、僕は十七年の間に知っていた。
 僕は返せる言葉もなく、自分がどんな表情をしているのかも分からず、ただ静かに、うんと頷く。能登に先立ってガラス戸を開け、ウォーム棟の外に出る。
 僕は、彼の白い目元にかかった赤色が、夕陽のものであることを願った。